日経CNBC開局10周年記念番組【内山理名が往く歴史ROMAN 産業遺産 京都近代産業の幕開け(後編)琵琶湖疏水】の話をつづけます。取材は、設計建設者【田辺朔郎】http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E8%BE%BA%E6%9C%94%E9%83%8Eの子孫ということで受けました。
【生涯現役エンジニア】http://www.amazon.co.jp/gp/reader/4901689622/ref=sib_dp_pt#reader-linkだった田邉(田辺)朔郎が【建築材料エンジニア】の話をしました。つぎは【水道エンジニア】であった話を紹介します。
京都蹴上発電所から大きな道路を挟んでインクラインの西側にウエスチン都ホテルが建っています。このホテルの南側の山の上に浄水場があります。田邉(田辺)朔郎は、この浄水場を1908(明治41)年に設計・起工しました。
この浄水場は急速濾過方式としてわが国初の快挙でした。従来は、自然式とも呼ばれる緩速濾過方式しか存在しませんでした。大きなプールのような装置であり、広い敷地を必要としままし。
急速濾過方式においては、硫酸アルミを加えて水と反応して生成する水酸化アルミによって細かな固形ゴミを強制的に沈殿させた後、屋内に設置した直系5メートル程度の、砂の入った濾床で機械的に濾過する方式です。一瞥して化学プラントを思わせるものです。
1908(明治41)年にあってはまだ確立した方式ではありませんでしたが、田邉(田辺)朔郎が勇気をもって採用しました。
現在は、急速濾過だけが存在し、緩速濾過方式しか存在しません。狭い国土には相応しくないからです。
これによって田邉(田辺)朔郎が【水道エンジニア】であったことを御理解いただけたと思います。







