日経CNBC開局10周年記念番組【内山理名が往く歴史ROMAN 産業遺産 京都近代産業の幕開け(後編)琵琶湖疏水】の話をつづけます。取材は、設計建設者【田辺朔郎】http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B0%E8%BE%BA%E6%9C%94%E9%83%8Eの子孫ということで受けたものでした。
【 生涯現役エンジニア】http://www.amazon.co.jp/gp/reader/4901689622/ref=sib_dp_pt#reader-linkだった田辺朔郎が【電気エンジニア】、【機械エンジニア】、【建築エンジニア】であった話をしましたが、次ぎは【建築材料エンジニア】であった話をします。
―― 琵琶湖疏水のトンネルを巻く目的をもって煉瓦を自前で製造しました。建設当時の英語文献を紐解き、それに基づいて自ら設計した焼成炉を疏水ルートの横、山科の地に建設しました。煉瓦製造工場でした。
後年私の叔父有賀敏彦(母親の弟)が、京大学生時代に田辺朔郎を訪問して直接きいたそうです。曰く「私は土木技術者ということになっているが、あの時代、技術者が専門知識だけをもっていても何もできなかったのだ」と。
レンガ焼成炉を設計して実際に使用するレンガを製造したのですから、今の言葉でいうと【窯業エンジニア】です。







