爆薬はトリニトロトルエン(TNT)がよく知られています。例示すると、広島原爆はTNT換算2万トンという風に表現されます。
―― これに対して日露戦争で使用された爆薬はTNP(トリニトロフェーノール)爆薬です。トルエンは今日、石油から潤沢に得られます。しかし明治期においては入手困難でした。
明治期は石炭の時代でした。そこで製鉄のために石炭を蒸焼きする際、大量に副生するベンゼンを利用しました。
―― その一方で苛性ソーダはすでに国産化されていました。ですからベンゼンに苛性ソーダを作用させてフェノールを得ました。さらにこれも国産化が進んでいた硝酸を作用させてTNPを製造しものです。
因みにいいますと、フェノールは石炭から取れる酸性の強い物質であることから「石炭酸」と呼ばれました。消毒液にも使用されました。一昔前の病院の匂いは石炭酸の匂いでした。
―― TNPは石炭酸以上に酸性が強くて砲弾の内面を腐食し、腐食生成物が触媒となって自然発火の危険がありました。これを防止するために当時存在していた「漆」で砲弾の内面をコーティングしました。
これがいわゆる「下瀬火薬」であり、工部大学校(東大工学部)を卒業したエンジニアの下瀬雅允が発明者です。
―― 原料難トルエンを苦肉の策で回避した下瀬火薬ですが、TNTよりも燃焼速度が遅い分だけ爆発した後の火炎の効果が持続して敵の損害を高めたことは「おまけ」(意図しない付随物)でした。意図していなかった効果が発揮できたということはとても興味深いことです。
これに感度の高い「伊集院信管」が装着されたので、海中に落ちた至近弾も敵に損害を与えました。
バルチック艦隊撃滅は、工学の勝利です。
これらの逸話は、拙著:「生涯現役エンジニア」http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=31832743の22ページ「下瀬火薬」の項に紹介しました。







