わが国のエンジニア教育史を語る上で活用した身内の生の情報源を紹介しています。前回までに「幕臣子孫の視点」と「4世代東大/京大の視点」を紹介しました。
今回は、わが国エンジニア教育史を語る基盤として「5世代にわたるエンジニア一家の視点」を紹介します。
―― 私の曽祖父田邉孫次郎は、1821 (文政4)年の江戸生まれ。高島秋帆に近代砲学を習って幕府の講武所の創立の任に当たり、砲術部門の教授方を拝命しました。
ですから「Military Engineer」(軍事エンジニア)です。
残念なことには、孫次郎は1862(文久2)年、当時江戸に大流行した麻疹に罹って42才で死去しました。
―― ここで田邉家の家系を紹介します。
田邉家の氏(うじ)は藤原と言われ、現に祖先は田邉藤原丘忠などと名乗っています。田邉の祖先は藤原實方と言われ、数代を経て紀州熊野の別当田邉堪僧によって田邉の姓が始めて家系に現れたそうです(田邉朔郎博士六十年史)。
江戸中期からの家系がはっきりしています。浅草本願寺(現浄土真宗東本願寺派大本山本願寺)に私から九代前の田邉菊忠(1664~1748)から4代前の田邉孫次郎(1821~1862)までの墓が現存しています。
代々幕臣、200石取りの大番与力であり、同時に学者としても世に知られていました。3代目田邉貞齊(雑学者)、5代目田邉石庵(儒者昌平坂学問所教授方)が著名です。
田邉家の家系に関しては、拙著「「「びわ湖疏水にまつわる、ある一族のはなし」(国会図書館蔵)http://www.bk1.jp/review/0000445315の120ページに家系図とともに紹介しました。







