田辺コンサルタントの祖父、幕臣(石斎)田邉朔郎は徳川家沼津兵学校付属小学校の卒業生です。そして田邉朔郎の叔父、幕臣外国奉行支配組頭(蓮舟)田邉太一は徳川家沼津兵学校の一等教授(5名)の一人となって参加しました。
ここで「五稜郭の指揮者―榎本(司令)/大鳥(陸将)/荒井(海将)」の項で紹介した3人についても関係を紹介します。
―― 大鳥圭介
は、幕府講武所出身の幕臣であり、同所教授(砲術指南役)をしていた幕臣(勿堂)田邉孫次郎(私の曽祖父)の弟子でした。
―― 荒井郁之助
は、軍艦操練所出身の幕臣であり、田邉太一の義兄(妹己巳子の夫)でした。
―― 榎本武揚
は、長崎海軍伝習所出身の幕臣であり、幕府昌平坂学問所教授、幕臣(石庵)田邉新次郎(私の4代前の祖先)の塾生でした。後年、田邉朔郎と静子(北垣国道の長女)の結婚仲人をしてくれました。
これら、私的関係の深い人々の情報源によって、「函館五稜郭戦争が、わが国エンジニア教育の原点」と主張しているものです。歴史の定説から偏った史観をお許しください。
本件に関しては拙著「生涯現役エンジニア」の第一章10ページ「函館戦争」の項を参照してください。以下のURLを開いてみてください。 http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=31832743]]」







